同族会社のオーナーが、親族でない役員へ株式の一部を配当還元価額で譲渡し、
近接した時期に残りを持株会社へ法人税法上の時価で譲渡する場面を題材に、
所得税・贈与税・法人税で時価がどう変わるか、当局が更正を考えるならどんな論理になるかを整理しました。
追記として、役員の贈与税で別の時価が持ち出された場合の考え方、増資の価格と既存株主への価値移転、
税法・会社法・会計の時価の使い分けも整理しています。
個人から個人への譲渡では、オーナーに時価で所得税を課税する規定はありません。
時価で譲渡したとみなす所得税法59条1項は、法人に対する譲渡に限られるためです。
親族でない役員が配当還元価額で取得しても、贈与税は生じにくいと考えられます。
ただし理由は「次の譲渡まで課税が繰り延べられるから」ではありません。
役員の側で評価通達を当てはめると、同族株主以外の株主として配当還元価額が時価になり、
対価との差額が生じない、というのが根拠です。
近接した持株会社への譲渡を理由に更正できるかは、持株会社が誰の会社かで分かれます。
オーナーの会社なら、更正の論理は組みにくいと考えられます。
役員が出資した持株会社で、二つの取得が一つの計画なら、
評価通達6項による贈与税の更正の余地が、事実関係しだいで残ります。
税法上の時価は、どの税目でも客観的交換価値という定義は共通です。
違うのは、何を、誰の立場で、どの方法で測るかです。
役員の贈与税に、オーナーから見た所得税の時価を当てはめるのは、評価の対象と立場の取り違えと考えられます。
前提の詳細は詳細タブの1章へ
| 場面 | 使う通達 | 株主区分の判定 | この事例での結果 |
|---|---|---|---|
| オーナーの所得税 (みなし譲渡の判定) | 所得税基本通達59-6 | 譲渡人の 譲渡直前の議決権 | 中心的な同族株主として 小会社とみなした原則的評価 |
| 役員の贈与税 (みなし贈与の判定) | 財産評価基本通達 (59-6の読替えは使わない) | 取得者の 取得の日の議決権 | 同族株主以外の株主として 配当還元価額 |
| 持株会社の法人税 (受贈益の判定) | 法人税基本通達4-1-6・9-1-14の考え方(目安) | 「当該法人」について判定 (時点の読替えなし) | 取得後に中心的な同族株主なら 59-6とほぼ同じ条件 |
裁判例も、譲渡所得の計算上の株式の評価額と、譲受人の法人税の計算上の評価額が、
同一にならない場合も想定し得る、と述べています。
「時価は一つ」とする主張は退けられています。
通達の条件の違いは詳細タブの2章へ
| 取引 | 当事者 | 課税の考え方 | 見込み |
|---|---|---|---|
| 第一次譲渡 | オーナー | 実際の対価で譲渡所得を計算。 個人への譲渡にみなし譲渡はなく、59-6も使わない | 時価課税なし |
| 第一次譲渡 | 役員 | 贈与税の時価は配当還元価額。 対価がそれ以上なら差額は生じない | 贈与税は生じにくい |
| 第二次譲渡 | オーナー | 法人への譲渡なので59条1項2号の対象。 対価が59-6の価額の2分の1以上なら、みなし譲渡なし | 時価近くなら問題なし |
| 第二次譲渡 | 持株会社 | 時価を下回る取得なら差額が受贈益。 時価で取得していれば生じない | 時価近くなら問題なし |
取引ごとの詳細は詳細タブの4章から
更正の論理と裁判例は詳細タブの8章へ
| よくある理解 | 評価 | 整理 |
|---|---|---|
| 59-6は判例を受けて新設された | 一部修正 | 平成12年からある通達で、令和2年の改正は明確化。 譲渡人基準という趣旨の理解は正しい |
| 取得価額が低いので課税が繰り延べられるだけだから、役員に贈与税はかからない | 理由は不可 | 贈与税の要件は、取得時点の時価と対価の関係だけ。 根拠は、役員の時価が配当還元価額になること |
| 役員なので、贈与税は原則的評価額で計算すべき | 場合による | 親族でなく同族株主に当たらなければ、役員でも配当還元。 役員の要件が効くのは、役員が同族株主の場合 |
| 個人間の低額譲渡では、譲受人が取得費を引き継ぐ | 前提を修正 | 引き継ぐのは、時価の2分の1未満で譲渡損失が出た場合だけ。 譲渡益が出ていれば、取得費は実際の対価 |
| 持株会社への譲渡は「法基通9-1-14の価格」なので問題ない | 結論は妥当 | 9-1-14は評価損の場面の通達。 根拠は59-6(オーナー)と2-3-4等。判定者と時点の違いに注意 |
| 第一次譲渡の価額を理由に更正するのは無理筋 | 場合による | オーナーの所得税は同意できる。 役員の贈与税は、ケース2で6項の余地が残る |
| 時価は税目・立場ごとに異なることが予定されている | 一部修正 | 定義(客観的交換価値)は共通。 何を、誰の立場で、どの方法で測るかが、税目の趣旨で変わる |
| 相続税評価額より高い価格で増資を引き受けると、既存株主へのみなし贈与になる | 場合による | 利益を失った者がいるか、引受人が法人か、同族会社かで分かれる。 直接判断した裁判例は見当たらない |
設例による取得費の確認は詳細タブの6章へ
贈与税(相続税法7条)の時価は、取得者が取得した財産を、取得者の立場で測ります。
オーナーから見た所得税の時価(所得税基本通達59-6)は、法人への譲渡の場面のための物差しで、
役員の贈与税にそのまま当てはめる根拠は弱いと考えられます。
評価通達による評価額と同額以上の対価であれば、特別の事情がない限り
「著しく低い価額」に当たらない、とした裁判例があります。
当局が評価を引き上げるには、評価通達6項の特別の事情を示す必要があります。
このため、「当たる可能性は極めて低い」よりは、「低い」程度の見立てにとどめておくのが無難と考えています。
裁判例と争い方は詳細タブの11章へ
監査を受ける非上場会社が、持株会社を引受人として、DCF法で算定した価格で第三者割当増資をすると、
相続税評価額(例えばDCF価格の3分の1程度)との比較で高額増資とされ、
既存株主へのみなし贈与(相続税法9条)が問題とされることがあります。
どの時価を使うかの争いにとどめず、9条の要件の側から組み立てるほうが、反論として強いと考えられます。
増資の論点の詳細は詳細タブの12章へ
| 場面 | 何を、誰の立場で測るか | 主な方法 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 相続税・贈与税 | 取得者が取得した財産を、 取得者の立場で | 財産評価基本通達 (類似業種比準・純資産価額・配当還元) | 画一的に当てはめる。 例外は6項 |
| 所得税 | 譲渡人が手放した財産を、 譲渡直前の譲渡人の立場で | 所得税基本通達59-6 (評価通達の読替え) | 法人への譲渡で、 時価の2分の1未満かの判定に使う |
| 法人税 | 当該法人の立場で | 法人税基本通達 (売買実例・類似法人・純資産価額等) | 評価通達の例は条件付き。 支配目的なら支配の対価を加える |
| 会社法 | 既存株主の保護、 株主間の公平の観点から | 算定方法の合理性の検証、 裁判所の裁量(DCF法など) | 有利発行は「一応合理的な方法か」で判断 |
| 会計・M&A | 取引当事者の立場で | インカム・マーケット・ ネットアセットの各アプローチ | 支配権の対価や 割引を明示的に反映 |
税法の時価は、どの税目でも客観的交換価値という点で共通です。
会社法や会計の時価は目的そのものが課税と異なるため、同じ株式でも金額が一致しないのは自然なことです。
ただし、同じ税目・同じ人について、都合のよい時価を選べるわけではありません。
時価の種類の詳細は詳細タブの13章へ
確認事項の全件は詳細タブの14章へ
法令上の時価が、客観的交換価値であることは、どの税目でも共通しています。
違うのは、それを測る通達の当てはめで、判定する人と時点が税目ごとに異なります。
| 項目 | 所得税基本通達59-6(オーナーの所得税) | 法人税基本通達4-1-6・9-1-14(法人の時価) |
|---|---|---|
| 適用の場面 | 法人に対する贈与・著しく低い価額での譲渡(所得税法59条1項)の時価 | 4-1-6は評価益、9-1-14は評価損の場面。 法人が売り手の譲渡は2-3-4が4-1-4〜4-1-6を準用 |
| 株主区分の判定 | 譲渡人の譲渡直前の議決権で、評価通達188の(1)〜(4)を判定 | 読替えの定めなし |
| 中心的な同族株主の場合 | 譲渡人が譲渡直前に中心的な同族株主なら、小会社とみなす | 「当該法人」が中心的な同族株主なら、小会社とみなす |
| 土地・上場有価証券 | 譲渡時の価額 | その時の価額 |
| 法人税額等相当額 | 控除しない | 控除しない |
贈与税(相続税法7条)の時価は、評価通達をそのまま使い、取得者について判定します。
59-6の読替えは所得税の通達であり、贈与税には使いません。
個人から法人への株式譲渡の差戻控訴審は、株式譲渡に伴う譲渡所得の計算における株式の評価額と、
譲受人の法人税の計算における評価額が、同一にならない場合も想定し得る、と述べています(東京高判令和3年5月20日、上告不受理)。
法人税基本通達9-1-14を使って「時価は一つ」とする主張は、この判決で退けられています。
最高裁は、譲渡所得課税は譲渡人に生じた増加益を清算するものであり、
譲受人の会社への支配力はその増加益の額に影響しないとして、
少数株主に当たるかどうかも譲渡人について判断すべき、としました(最判令和2年3月24日)。
59-6は、所得税法59条1項を適用する際の時価の定めです。
個人への第一次譲渡には59条1項がそもそも適用されないため、
59-6による原則的評価額が問題になる場面はありません。
役員が名義人にすぎず、実質はオーナーが株式を持ち続けている(名義株)と認定されると、
譲渡そのものがなかったことになります。
役員を経由した法人への譲渡と認定されれば、オーナーに59条1項2号が適用される理屈があります。
いずれも、役員の自己資金による支払い、配当や議決権の帰属といった事実で決まります。
著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合、対価と時価との差額を、
譲渡者から贈与により取得したものとみなします(相続税法7条)。
要件は取得時点の時価と対価の関係だけで、将来の譲渡で課税が取り戻されるかどうかは関係しません。
| 区分 | 配当還元方式になる株式 | 役員の要件 |
|---|---|---|
| 188(1) | 同族株主のいる会社で、同族株主以外の株主が取得した株式 | なし |
| 188(2) | 中心的な同族株主のいる会社で、中心的な同族株主以外の同族株主のうち、 取得後の議決権が5%未満の者が取得した株式 | 役員は除く |
| 188(3) | 同族株主のいない会社で、株主の1人とその同族関係者の議決権が15%未満の者が取得した株式 | なし |
| 188(4) | 中心的な株主のいる同族株主のいない会社で、取得後の議決権が5%未満の者が取得した株式 | 役員は除く |
株主の1人とその同族関係者の議決権が50%超となるグループがあるとき、
そのグループに属する株主だけが同族株主になります。
親族でない役員は、オーナーの同族関係者でない限りそのグループに入らず、
同族株主以外の株主として188(1)に当たり、副社長であっても配当還元方式で評価されます(評価通達188-2。原則的評価額が上限)。
役員がオーナーの親族など同族関係者であれば、同族株主になります。
取得後の議決権が5%未満でも、課税時期に役員である、または法定申告期限までに役員となる場合は、
配当還元の対象から外れ、原則的評価になります(評価通達188(2))。
その場合は、原則的評価額と対価の差が「著しく低い」に当たるかが問題になります。
親族関係のない少数株主(議決権約6.6%)が配当還元価額程度の価額で取得した事案で、
課税庁が売買実例価額を時価として評価通達6項を適用したのに対し、
裁判所は特別の事情を認めず、7条による課税を取り消しました(東京地判平成17年10月12日、確定)。
所得税法60条1項2号が取得費の引継ぎを定めるのは、59条2項に該当する譲渡、
つまり個人に対して時価の2分の1未満で譲渡し、譲渡損失がなかったものとみなされた場合に限られます。
| 設例(時価1,000万円の土地を100万円で個人へ譲渡) | 譲渡者の取得費が0円 | 譲渡者の取得費が300万円 |
|---|---|---|
| 譲渡者の所得税 | 譲渡益100万円に課税 | 譲渡損失200万円はなかったものとみなす(59条2項) |
| 60条1項2号 | 当たらない | 当たる |
| 譲受人の取得費 | 実際の対価100万円(所得税法38条1項) | 譲渡者の取得費300万円を引き継ぐ |
| 譲受人の贈与税 | 差額900万円がみなし贈与(個人間の対価を伴う取引で取得した土地は、通常の取引価額で評価) | |
取得費が0円の設例では、譲受人が将来1,000万円で売ると、譲渡益900万円に所得税がかかります。
みなし贈与額を取得費に加える規定はなく、同じ900万円に贈与税と所得税が重ねてかかる結果になります。
前記の差戻控訴審も、税目ごとに評価額が異なることに伴う二重課税の主張を採用しておらず、
課税対象が税目ごとに異なるという整理が、現在の裁判例の立場と考えられます。
理由は、59条1項が法人に対する譲渡に限られることです。
60条は譲受人側の取得費の規定であり、オーナーに課税しない理由ではありません。
9-1-14は評価損を計上する場面の通達です。
売り手が法人の場面は2-3-4、オーナーの所得税は59-6が根拠になります。
判定者(オーナーか、持株会社か)と判定の時点が違うため、株主構成によっては両者に差が出ることがあります。
持株会社はオーナーの同族関係者であり、第二次譲渡の後も、会社の支配はオーナーのグループに残ります。
役員は取得の前後を通じて少数株主のままで、近接した譲渡は役員の株主区分に影響しません。
このため、第一次譲渡の価額が低いとして、所得税でも贈与税でも更正する論理は組みにくいと考えられます。
役員が出資した持株会社は、役員の同族関係者になります(法人税法施行令4条2項)。
順番を逆にして持株会社が先に取得していれば、役員は同族株主として原則的評価になったはずです。
取得の順番によって評価方式が変わる点が、更正の論点になります。
ケース2でも、両取引にそれぞれ独立した合理性(役員の経営参加、資金の調達、取得後の保有継続)を示せれば、
7条による更正は容易ではないと見ています。
逆に、同日の一体の契約、役員から持株会社への短期の転売、高値での買取りの約束といった事情があると、
6項のリスクが高まります。
税目と立場によって時価は異なりうるため、法人税法上の時価をそのまま第一次譲渡の時価とするのは、
譲渡先の態様を無視することになり、難しいと考えられます。
当局が持ち込むとすれば、6項により役員の評価を原則的評価に置き換える形になると見ています。
オーナー個人から受けた経済的利益は、個人からの贈与(みなし贈与を含む)として所得税は非課税で、
贈与税の領域になります(所得税法9条1項17号)。
会社が実質的に負担した役員報酬と認定されるような事情がない限り、
給与所得として課税される可能性は低いと考えられます。
役員が将来株式を売却するときの取得費は、実際に支払った価額です(所得税法38条1項)。
持株会社への転売を予定している場合、その差益は役員の譲渡所得になります(租税特別措置法37条の10)。
国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の第5回(2026年8月20日)の骨子では、
配当還元方式を特別の例外措置として存置したうえで、
適用対象を「特定の少数株主の取得した株式」に縮小する案が示されています。
同じ資料では、配当還元方式の濫用の例として「株主構成の操作」「一時的な第三者への株式譲渡」が挙げられています。
いずれも検討案の段階で、適用時期は公表されていません(報道では令和9年度改正、早ければ令和10年1月からとされています)。
見直し後は、役員の取得割合によっては配当還元の対象外となる可能性があります。
また、現行の通達のもとでも、当局が同じ問題意識で6項を検討する可能性は意識しておく必要があります。
7条の時価は、相続税法22条の時価と同じく客観的交換価値をいい、評価通達はその評価方法の一つにすぎません
(最判令和4年4月19日。7条について東京地判平成19年8月23日)。
土地・家屋の個人間の対価を伴う取引は通常の取引価額(平成元年3月29日直評5ほか)、
上場株式は課税時期の最終価格(評価通達169(2))で評価する定めがあります。
取引相場のない株式の個人間の売買には、こうした置換えの定めがありません。
このため、役員の取得した株式は評価通達178〜189-7で評価され、6項の特別の事情があるかが争点になります。
| 裁判例 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 東京地判平成19年8月23日 (判タ1264号184頁、確定) | 親族間で土地を相続税評価額で売買 | 対価に経済合理性のないことが明らかな場合をいう。 相続税評価額と同水準以上の対価なら、原則として当たらない。 例外は評価額が時価の80%より低いことが明らかな場合で、その場合も開差を個別に検討する |
| 東京地判平成17年10月12日 (確定) | 親族関係のない少数株主(約6.6%)が、 配当還元価額をやや上回る価額で取得。 課税庁は他の売買実例の平均を時価として6項を適用 | 評価通達による評価額と同額以上の対価は、特別の事情がない限り当たらない。 配当還元方式を是認し、事業承継対策というだけでは特別の事情にならないとした |
平成17年判決は、売買実例が取引相場による取引に匹敵する客観性を備えている場合には、別の判断がありうることも示しています。
近接した持株会社への譲渡価額が持ち出された場合は、支配につながる株式の取得であり、
配当以外に経済的利益のない少数株式とは性質が異なる、と反論することになると考えられます。
所得税基本通達59-6は、所得税法59条1項の適用場面のための通達で、
株主区分を譲渡人の譲渡直前の議決権で判定するよう、評価通達を読み替えるものです。
最高裁も、評価通達は財産を取得する者に課される相続税・贈与税を前提とするもので、
譲渡所得ではそのまま用いず、譲渡人の支配力で判断すべき、としています(最判令和2年3月24日)。
7条で評価するのは役員が取得した財産であり、評価通達の取得者基準がそのまま働く本来の場面です。
オーナーから見た時価を当てはめるのは、評価の対象と立場の取り違えと考えられます。
当局が評価を引き上げるには、6項により、通達どおりの評価が実質的な租税負担の公平に反する特別の事情を示す必要があります。
監査を受ける非上場会社が、資本増強のため、持株会社を引受人とする第三者割当増資を行い、発行価格をDCF法で算定します。
相続税評価額(類似業種比準価額)がDCF価格を大きく下回るため、相続税評価上は高額増資にあたるとして、
引受人から既存株主への経済的価値の移転(相続税法9条)が問題とされる場面です。
9条は、対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合に、利益を受けさせた者からの贈与とみなすものです。
相続税法基本通達9-2は、同族会社の株式の価額が、無償の財産の提供、著しく低い価額での現物出資、
債務の免除等、著しく低い価額での財産の譲渡によって増加した場合に、株主が提供者等から贈与を受けたものとして扱います。
対象は同族会社の株式に限られます。
時価を超える払込み(高額引受け)は9-2に列挙されていませんが、低額の現物出資と態様が似ているとして、
贈与と同様の経済的利益の移転があれば9条の適用があろう、とする論文があります(税務大学校論叢85号)。
同じ論文は、このような高額増資は同族会社以外ではなしえないのではないか、とも述べています。
高額引受けを直接判断した裁判例・裁決は、見当たりませんでした。
前記の差戻控訴審では、納税者が提出した第三者の評価書(DCF法などによるもの)が、
評価通達による評価額との差が大きいというだけでは特別の事情に当たらない、として退けられています。
これは納税者が通達から離れたい場面の判断です。増資の場面は当局が通達評価にこだわる構図なので、
時価は客観的交換価値であり、通達に法的拘束力はない、という考え方を軸に組み立てることになると考えられます。
客観的交換価値で払い込んでいれば、寄附金とされる余地は小さいと考えられます。
時価を超える部分を寄附金とみるなら、経済的な利益の無償の供与(法人税法37条7項)の解釈によることになります。
評価益・評価損の場面の通達ですが、支配のために取得した株式は、通常の価額に支配の対価を加えた価額を時価とする考え方があり
(法人税基本通達4-1-7、9-1-15)、通達評価を超える部分を支配の対価として説明する手がかりになります。
| 取引の形 | 利益の流れ | 主な課税の論点 |
|---|---|---|
| 個人間の低額譲渡 (この事例の第一次譲渡) | 譲渡者から取得者へ | 相続税法7条 |
| 個人間の高額譲渡 | 買主から売主へ | 9条の問題とする整理が一般的 (直接の通達・裁判例は見当たらない) |
| 個人から法人への高額譲渡 | 法人から売主へ (他の株主から売主への面も) | 売主は所得税(給与所得・一時所得等)、 法人は役員給与・寄附金 |
| 高額引受けの増資、会社への無償の財産提供・債務の免除、低額の現物出資 | 引受人・提供者から 既存株主へ | 9条、相続税法基本通達9-2の考え方 (同族会社に限る) |
| 有利発行、過大に評価した現物出資 | 既存株主から新株主へ | 9条。親族等への有利な引受権は 相続税法基本通達9-4 |
他の株主への価値移転は、会社を通じて株式の価値が動く場面で生じる論点です。
この事例の第一次譲渡は、譲渡者から取得者へ直接利益が移る形であり、利益の流れ方が異なります。
税法上の時価は、どの税目でも客観的交換価値をいいます。
違うのは、何を、誰の立場で、どの方法で測るかです。会社法や会計の時価は、目的そのものが課税と異なります。
| 場面 | 何を、誰の立場で | 主な方法 | 特徴・根拠 |
|---|---|---|---|
| 相続税・贈与税 | 取得者が取得した財産を、取得者の立場で | 財産評価基本通達178〜189-7 (類似業種比準・純資産価額・配当還元) | 画一的に当てはめ、例外は6項。 通達に法的拘束力はない(最判令和4年4月19日) |
| 所得税 | 譲渡人が手放した財産を、譲渡直前の譲渡人の立場で | 所得税基本通達59-6 (小会社とみなす、土地等は時価、法人税額等相当額を控除しない) | 法人への譲渡で、時価の2分の1未満かの判定に使う (所得税法59条1項、同法施行令169条) |
| 法人税 | 当該法人の立場で | 法人税基本通達2-3-4、4-1-4〜4-1-6、9-1-13・9-1-14 (売買実例、類似法人、純資産価額等の参酌の順) | 評価通達の例は、課税上弊害がない限り条件付きで認める。 支配目的なら支配の対価を加える(4-1-7、9-1-15) |
| 会社法 (有利発行) | 既存株主の保護の観点から | 取締役会が採った算定方法の合理性を検証 | 公認会計士が配当還元法で算定した発行価額を、有利発行に当たらないとした(最判平成27年2月19日) |
| 会社法 (買取請求・売買価格) | 株主間の公平の観点から | 裁判所の合理的な裁量 (DCF法、収益還元法など) | 非流動性ディスカウントは、合併の買取請求の収益還元法で否定(最決平成27年3月26日)、 譲渡制限株式の売買価格のDCF法で肯定(最決令和5年5月24日) |
| 会計・M&A | 取引当事者の立場で | インカム・マーケット・ネットアセットの各アプローチ (日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」) | 支配権の対価や、非流動性・少数株主の割引を明示的に反映。 会計上、市場価格のない株式は取得原価で計上 |
「時価は税目・立場ごとに異なることが予定されている」という一般論は、少し広いと考えられます。
差戻控訴審も、所得税と法人税で評価される価額が異なることは「あり得る」という言い方にとどまり、
最高裁の判断は示されておらず、時価の二元論として批判する見解もあります。
正確には、「定義は共通で、測る対象・立場・方法が税目の趣旨で変わる」と整理するのがよいと考えます。
同じ税目・同じ人について都合のよい時価を選べるわけではなく、通達どおりの評価が不適当な場合の歯止めとして6項があります。
| 項目 | 根拠 |
|---|---|
| みなし譲渡・損失の否認 | 所得税法59条1項2号・2項、同法施行令169条 |
| みなし譲渡の時価 | 所得税基本通達59-6(令和2年8月28日付改正)、資産課税課情報第22号(令和2年9月30日) |
| 同族会社への譲渡と行為計算否認 | 所得税基本通達59-3、所得税法157条 |
| 取得費・取得費の引継ぎ | 所得税法38条1項、60条1項2号 |
| 譲渡所得・株式の税率 | 所得税法36条、租税特別措置法37条の10 |
| 贈与による取得の所得税非課税 | 所得税法9条1項17号 |
| 低額譲受のみなし贈与・時価 | 相続税法7条、22条、評価通達1(2) |
| 取引相場のない株式の評価 | 評価通達6、178、188、188-2 |
| 土地等の個人間取引の評価 | 平成元年3月29日直評5・直資2-204 |
| 同族関係者・役員の範囲 | 法人税法施行令4条、71条1項 |
| 法人の受贈益・有価証券の時価 | 法人税法22条2項、法人税基本通達2-3-4、4-1-4〜4-1-6、9-1-13、9-1-14 |
| 譲渡所得の株主区分は譲渡人で判定 | 最判令和2年3月24日(集民263号63頁) |
| 所得税と法人税で評価額が異なりうる | 東京高判令和3年5月20日(差戻控訴審、令和4年2月18日上告不受理) |
| 評価通達6項の枠組み | 最判令和4年4月19日(民集76巻4号411頁) |
| 少数株主の配当還元価額程度での取得 | 東京地判平成17年10月12日(確定) |
| 買取保証と6項 | 東京地判平成11年3月25日ほか(税務大学校論叢第94号の整理による) |
| 6項の最近の適用例 | 東京高判令和7年6月19日(上告中。解説記事による) |
| 評価見直しの検討案 | 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第5回資料・骨子(2026年8月20日) |
| 「著しく低い価額」の判断 | 東京地判平成19年8月23日(判タ1264号184頁)、東京地判平成17年10月12日 |
| 置換えの定め(土地等・上場株式) | 平成元年3月29日直評5・直資2-204、評価通達169(2) |
| みなし贈与(利益の享受) | 相続税法9条、相続税法基本通達9-1、9-2、9-4 |
| 9条の経済的利益の移転 | 大阪高判平成26年6月18日、東京高判平成27年4月22日 |
| 法人からの贈与 | 相続税法21条の3第1項1号、所得税基本通達34-1(5) |
| 同族会社の行為計算否認(相続税) | 相続税法64条 |
| 高額増資と9条(論文) | 古谷勇二「相続税法第9条の『みなし贈与』について」税務大学校論叢85号 |
| 寄附金・企業支配株式 | 法人税法37条7項、法人税基本通達4-1-7、9-1-15 |
| 会社法上の株価 | 最判平成27年2月19日(民集69巻1号51頁)、最決平成27年3月26日(民集69巻2号365頁)、最決令和5年5月24日 |
| 会計・企業価値評価 | 日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」 |